トーマス・エジソンが若い人に向けて残した言葉がある。「決して時計を見るな」。長く働けという意味ではない。時間で自分の仕事を測るな、ということである。
時間で測ると、何が見えなくなるか
エジソンは若い人たちに向けて、こう語ったと伝えられる。
「若い人に覚えておいてもらいたいのは、“決して時計を見るな”ということだ」
長時間働けという意味に受け取られがちだが、そうではないだろう。時計を見るというのは、自分の仕事を時間という物差しで測るということである。エジソンが戒めたのは、その物差しのほうだ。
何時間働いたか。何時に出社し、何時に帰ったか。これらは測りやすい。管理する側にとっても、される側にとっても分かりやすい指標である。
だが、測りやすいものばかりを見ていると、測りにくいものが視界から消える。長く机に向かっていても何も生まない日はあるし、三十分の判断が一年分の仕事を決めることもある。時間は、仕事の量とも質とも一致しない。
現代のマネジメント手法の多くは、時間と数字で人を管理する。それ自体は必要なことだ。しかし、それだけで測られる側は、測られる数字のほうを最適化しはじめる。時計を見るとは、そういうことでもある。
全員が賛成する案に、新しさはない
エジソンは、学校という物差しでは測れない人物でもあった。小学校に入ってわずか三か月で、教師から学力が劣っていると言われ、退学している。以後の教育は母親が担った。
いまでいえば、評価制度からこぼれ落ちた人間である。その人物が、後に白熱電球や蓄音機を世に出し、ゼネラル・エレクトリックの前身となる会社を興した。
ここで、もうひとりの言葉を引きたい。秩父セメント(現在の太平洋セメント)の社長を務め、日経連の初代専務理事でもあった諸井貫一である。
「全員反対したものだけが、一考に価する。経営者はこうしたマイノリティの論理を駆使しなければならない」
全員が賛成する案は、たいてい誰かがすでに思いついている。あるいは、誰にとっても角が立たないというだけのことが多い。本当に新しいものは、提案された時点では反対されるほうが自然なのだ。
ただし、反対された案がすべて正しいわけではない。当然、ただ筋が悪いだけのものもある。諸井が言っているのは、全員一致だけを採用の条件にするなということだろう。
時間で測らない。多数決だけで決めない。どちらも、組織にとっては居心地の悪い話である。測れないものを扱うには、測る側の覚悟が要る。
それでも、時計の針と挙手の数だけを見ていたのでは、エジソンのような人物は組織のなかで育たない。経営者に求められるのは、測れないものを見る目のほうなのかもしれない。
朝礼スピーチ例文(そのまま読めます)
エジソンが若い人に向けて残した言葉に、こういうものがあります。
「決して時計を見るな」
これは長時間働けという意味ではないと思います。時間で自分の仕事を測るな、ということでしょう。
何時間やったか。何時に帰ったか。それは測りやすい数字です。でも、その数字がよくても、何も生んでいない日はあります。逆に、短い時間で決定的な一手を打てる日もある。
エジソンは小学校を三か月で退学しています。教師から、学力が劣っていると言われたそうです。学校の物差しでは測れない人だった。
もう一人、言葉を紹介します。秩父セメントの社長を務めた諸井貫一という経営者です。
「全員が反対したものだけが、一考に価する」
全員が賛成する案は、たいてい誰かがすでに思いついています。本当に新しいものは、最初は反対されるほうが自然だ、ということでしょう。
時間で測らない。多数決で決めない。どちらも、少し居心地の悪い話です。
今日、自分の仕事を時間以外の何で測れるか。一度考えてみてください。
