飛行機はなぜ飛ぶのか。その原理は19世紀にはすでにわかっていた。それでも人が空を飛べるようになるまでには、長い時間を要した。足りなかったのは理屈ではなく、別のものだった。
国力の差は、63キロの差にあらわれた
先の大戦当初、瞬く間に制空権を制圧した零戦は中国や欧米各国から『ゼロファイター』と恐れられた。しかしその後アメリカが国力を注ぎ込んだ新型機を投入するとともに、その栄光は陰りを帯び、性能のアップもならず、かつ後継機の開発もままならぬままに日本は敗戦を迎えてしまう。
零戦の開発を担当した三菱・堀越二郎氏は、その状況を「飛行機の開発能力うんぬんではなく国力、工業力の差」と断じている(『零式戦闘機』柳田邦男著)。たしかに戦争末期に陸軍の主力機として活躍した「疾風」は、当時としては国内最速の624キロという速度を記録している。
が、戦後アメリカが点火式プラグを変え、オクタン価の高いガソリンを用いて「疾風」を飛行させたところ687キロを記録し、高い運動性とあいまって「最新鋭米軍機とも互角に戦える最優秀日本戦闘機」と評価された。この63キロの差が、当時の日本とアメリカの国力の差といえるのかもしれない。
さて、飛行機は空気のない「真空状態」では飛べない。飛行機が空中をエンジンの推進力によって前進しているゆえに、翼(上面がふくらんだ形の翼)の周りに、空気の流れができる。この空気の流れから、翼を持ち上げる力(揚力)が生まれるのだ。
つまりエンジンの力で前へ進んだ飛行機は、前へ進んだ分揚力が働き、翼が持ち上がる。この揚力が飛行機の重量よりも大きければ、機体は離陸し、上昇できる。反対に、飛行機の重量よりも小さければ、飛行機は降下する。重量と同じであれば、水平飛行をするわけである。
エンジンがあってこそ成功の現実につながる
前述のとおり、この「飛行の原理」自体は19世紀からわかっていた。しかし現実に飛行機が飛ぶまでには時間がかかった。揚力を生み出すスピードが出せなかったため、すなわち効率のよいエンジンがなかったからである。
われわれの世界も同じだ。理屈がわかっただけでは、十分な成果が出ない。うなりをあげて驀進するエンジンが必要となるのだ。そのエンジンがあってこそ、すべての理論が、成功という現実につながっていくのである。いわば理想を現実としようとする人間の情熱こそが、組織を動かすエンジンとなるのだろう。
零戦開発時、堀越氏がいちばん苦労したのは、じつはこのエンジンであった。当時の日本の工業力では、零戦の能力を最大限に発揮するエンジンは開発が困難であった。それでもスピードを要求された堀越氏は機体を軽くすることを余儀なくされ、結果搭乗員を守る防弾板装着をあきらめなくてはならなかったのだ。それは多くの人命が失われていくひとつの要因ともなった。
理屈は19世紀からあった。それでも飛行機が飛ばなかったのは、前へ進む力がなかったからである。組織も同じだろう。正しい分析は、たいてい出そろっている。足りないのは、それを現実に変えようとする者の推進力のほうだ。
朝礼スピーチ例文(そのまま読めます)
飛行機がなぜ飛ぶのか、その原理は19世紀にはもう分かっていたそうです。
翼の形が空気の流れを作り、揚力という上向きの力が生まれる。それが機体の重さを超えれば、飛行機は浮き上がる。理屈としては、それだけのことです。
ではなぜ、人が空を飛べるようになるまで、あれほど時間がかかったのか。
エンジンがなかったからです。
揚力は、速く前に進まなければ生まれません。理屈がどれだけ正しくても、前に進む力がなければ、飛行機は地面から離れない。足りなかったのは知識ではなく、推進力のほうでした。
私たちの仕事も同じだと思います。
こうすればうまくいく、という理屈は、たいてい分かっています。会議でも、正しい意見はだいたい出そろう。それでも動かないことがある。
足りないのは分析ではなく、前に進める力のほうです。誰かが本気でやろうとしないと、正しい理屈は正しいまま止まっている。
今日、頭では分かっているのに手をつけていないことが、一つはあると思います。その一つを、今日だけ一歩進めてみてください。
