本コーナーで掲載する経営者インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集しています。今回ご紹介する経営者は、吉田佳代氏(梅乃宿酒造株式会社 代表取締役社長)です。(2026年9月16日 2026年9月23日 配信)
今回は、梅乃宿酒造株式会社の吉田佳代氏にお越し頂きました。1893年(明治26年)創業、奈良県葛城市の地酒蔵の5代目。日本酒仕込みの梅酒や「あらごしシリーズ」で新しい酒文化を切り拓き、生後6ヶ月の子どもを抱えての社長就任を経て、2026年には東京証券取引所スタンダード市場への上場を果たしています。老舗の長女として育った幼少期から、家業を継ぐ覚悟、そして上場までのエピソードから、経営のヒントが得られます。ぜひ、インタビューをお読みください。
老舗の長女として——「ちゃんとしなさい」と育った幼少期
新谷哲:本日のインタビューは、梅乃宿酒造株式会社の吉田佳代社長です。まずは経歴をご紹介します。帝塚山大学経営情報学部を卒業後、商社に入社。2004年に家業である梅乃宿酒造に入社され、2013年に5代目蔵元として代表取締役社長に就任されています。梅乃宿酒造は1893年(明治26年)の創業、2026年には東京証券取引所スタンダード市場へ上場されました。本日はよろしくお願いいたします。
吉田佳代:よろしくお願いいたします。
新谷哲:ご出身は奈良県葛城市とのことですが、小学校時代はどのようにお過ごしになられましたか?
吉田佳代:小学生の頃は、真面目で堅いタイプだったと思います。もともとは好奇心旺盛な性格なのですが、造り酒屋の第一子、長女として生まれましたので、母や祖父母から「ちゃんとしなさい」「こうあるべきだ」とのしつけをしっかり受けて育ちました。その影響で、どちらかというと静かで真面目な子どもでした。老舗の家柄ですから、「しっかりしなければ」という意識がとても強かったです。
新谷哲:中学時代はどのようにお過ごしになりましたか?
吉田佳代:奈良のかなり南の田舎に住みながら、京都の女子校に通っていました。片道2時間半、往復5時間、毎日電車に揺られての通学でした。その学校は開校して2年目でしたので先輩は1つ上の学年しかおらず、厳しい上下関係もなく、男性の目を意識する必要もない、とてものびのびとした環境で楽しく過ごしました。たま、女子校ですからリーダーが必要な場面では、私がリーダーになることが多かったです。今思えば、あの頃にリーダーシップが養われたのかもしれません。
新谷哲:社長への道は中学時代から始まっていたのかもしれませんね。部活動は何かされていましたか?
吉田佳代:バスケットボール部に入っていました。できたばかりの学校でしたので練習は週2回、2時間ずつだけで、非常に弱小のチームでしたが(笑)、積極的に関わってとても楽しかったです。中学時代が一番楽しかったかもしれません。
画廊のアルバイトで知った「物の価値」
新谷哲:高校時代はどのようにお過ごしになりましたか?
吉田佳代:1年目は寮に入り、2年目と3年目は妹と一緒に暮らしていました。大学受験に向けてかなり勉強していましたが、ワンダーフォーゲル部と写真部にも所属し、高校生らしい青春も楽しみました。写真部では現像もしていましたね。
新谷哲:山に登って写真を撮って、素敵ですね。大学は帝塚山大学に進まれていますが、選ばれた理由はありますか?
吉田佳代:いくつかの大学を受験したのですが、落ちて落ちて落ちて(笑)、最後に合格したのが帝塚山大学でした。最初は嫌でたまりませんでしたが、実際に入ってみると受験勉強をしてきた分、勉強はできる方になりました。根本的に真面目なタイプでもありますので成績優秀になり、勉強の心配がなかった分、クラブ活動とアルバイトに打ち込みました。クラブはここでもワンダーフォーゲル部で山登りを続けていました。
新谷哲:アルバイトは何をされていたのですか?
吉田佳代:画廊の社長秘書をしていました。たまたま絵を見に行ったイベントで社長から声をかけていただき、そのまま始めることになったんです。このアルバイトで「物の価値」の面白さを知りました。絵というのは10万円なのか100万円なのか、結局はお客様の気持ち次第なんです。あるとき、13万円ほどでずっと売れずにいた絵を社長が「この絵は金額が合っていない」と20万円に値上げされたところ、翌日に売れたんです。これは私にとって衝撃でした。物の価値とは本当に面白いと強く実感しました。また、秘書として社長のあらゆる場所に同行させていただき、大学生ながら画廊の社長という一般的なサラリーマンとは違うタイプの経験をたくさんさせていただきました。
新谷哲:大学時代から社長業を間近で見て修行されていたようですね。
吉田佳代:今から思うと、そうだったのかもしれませんね(笑)
総務に配属されて気づいた、社長の仕事の本質
新谷哲:大学卒業後は商社に新卒で入社されていますが、選ばれた理由はありますか?
吉田佳代:知人がその会社を受けるということで一緒に会社説明会に行ったところ、社長と社員の皆さんの関係がよくとてもアットホームな雰囲気でした。数年外で働いてから梅乃宿へ戻ろうと決めていましたので長く勤めるつもりはなく、それならば雰囲気の良い会社で働きたいと思い志望しました。
新谷哲:どのような商品を扱う商社だったのでしょうか?
吉田佳代:歯科系の商材を幅広く扱う会社で、歯医者さんにあるものはほぼすべて揃っているという感じです。コンサルティングからシステムの導入まで、かなり本格的にやっていました。
新谷哲:食品メーカーへの就職も考えられましたか?
吉田佳代:食品系や発酵系という選択肢もありましたが、食品に縛られる必要はないと思っていました。それよりも会社の仕組みそのものに興味があり、営業力を鍛えたかったので、正直どこでもよかったんです。ところが、強く希望して入社したのに配属されたのは総務でした。「えっ」と思いました。総務なんて内勤の中の内勤ではないかと、本当にショックでしたね。
新谷哲:営業力を鍛えるつもりで入られたのに、それは残念でしたね。
吉田佳代:そう思っていたのですが、その時の上司がこう言ったんです。「総務というのは社内の営業だ。一般的な営業は社外が相手だから最悪、嫌な相手とは付き合わずに他で売上を稼げば許される。でも総務は社内の営業だから、どんなに苦手な相手でも社員でいる限り付き合わなければならない。ある意味、社外向けの営業よりも難しい営業なんだ」と。妙に納得してしまいました(笑)
今の私を形成しているのは、最初に総務に配属されたことがとても大きいと思っています。社長の仕事は2つだけだと思っていて、ひとつは「決めること」、もうひとつは「みんなが楽しく気持ちよく働ける環境を作ること」です。この後者こそが総務の仕事なんです。給与計算、福利厚生、健康診断、制服、社員食堂——これらすべてが「みんなが気持ちよく働ける環境を作る」ことにつながっています。社長になった今は実務をするわけではありませんが、その本質はとても大切にしています。みんなが楽しく働いてくれれば、みんなが最高のパフォーマンスを出してくれる。その根本は、最初に総務に配属されたことにあると思っています。
新谷哲:商社時代の思い出はございますか?
吉田佳代:総務に配属されると従業員全員と知り合えますので、皆さんにかわいがっていただき、毎日いろいろな方が食事に連れて行ってくださいました。美味しいものも好き、飲むのも好きな性格ですので(笑)、当時は毎日外で食べて家には「晩ご飯はいらない」と言っていました。毎日誰かに食事に連れて行っていただいたのが、とても良い思い出です。
「継ぎたい」と言えるまで——父の一言で決まった覚悟

新谷哲:その後、家業の梅乃宿酒造に入社されますが、お父様との間で「いつまでに戻ってこい」というお約束はあったのでしょうか?
吉田佳代:2年〜3年働いてから梅乃宿に戻ろうと思っていました。ただ、そのOL生活が本当に楽しくて。皆さんにかわいがっていただき、言われたことを言われた通りにやってプラスアルファができると褒めてもらえる。土日も必ず休めますし、もう少し続けようかと思い始めた2年少し経った頃に、父から「そろそろ戻ってこないか」と話がありました。「ああ、そろそろか」という感じで戻ることになりました。
新谷哲:家業に戻るということは、いずれ社長になるということでもあります。その覚悟は最初からおありでしたか?
吉田佳代:まったくありませんでした。私は第一子の長女ですが、2つ下に妹、7つ下に弟がいます。私が小学1年生の時に弟が生まれ、周りは「跡継ぎが生まれた」ととても喜んでいましたし、私自身も「この子が継ぐんだ」と思っていました。梅乃宿に入社する時も、継ぐのは弟だと思っていたんです。
それでも梅乃宿が大好きで戻ってきたのですが、社内では「娘が帰ってきた」となります。誰かから何かを言われたわけではないのに、私自身が「もっとしっかりしなければ」と思い込んでしまい、入社してたった3か月で心身のバランスを崩してしまいました。誰からプレッシャーをかけられたわけでもなく、自分で自分を追い詰めてしまったんです。
新谷哲:そこからどのように立て直されたのでしょうか?
吉田佳代:少しずつ回復して仕事がうまく回るようになると、もともと大好きな会社ですから、関われば関わるほどどんどん好きになっていきました。3年ほど経った頃には梅乃宿のことが大好きで、もっと深く関わりたいと思うようになり、一番深く関われるのは社長になることだと気づいてしまいました。ただ、弟がいます。本来は弟が継ぐのが正しいはずだ、自分にその能力があるのか、何かあった時に責任が取れるのか、そもそもそんなことを口にしていいのか。いろいろな思いがありました。
新谷哲:その迷いはどのように整理されたのですか?
吉田佳代:あるセミナーに参加した時、講師の方が「リーダーにとって、決めないということが一番の罪悪だ」とおっしゃいました。それを聞いてはっとしました。当時の私は、継ぐとも継がないとも決められず、分かれ道の前でずっと立ち止まったままでした。決めて一歩踏み出せば、その先に道が続いていたはずです。でも決めなければ、どちらにも一歩も進めない。そのことに気づいた時に、父に「梅乃宿を継ぎたい」と話をしました。
新谷哲:お父様は何とおっしゃいましたか?
吉田佳代:「君に能力がなかったら継がせられないかもしれないけれど、悪いと思ってくれるなよ」という言葉でした。それを聞いて、涙が出たんです。悔しいとか悲しいとかではなく、父が私のことを大好きでいてくれる中で、その愛情以上に梅乃宿という会社に対する責任と愛情を持っている。それをその時に強く感じて、とても泣いてしまいました。そして、父に認めてもらえた、頑張ろうと思えた。そこからとても前向きに会社と関わるようになり、少しずつ時間をかけて覚悟を決めていきました。
生後6ヶ月の子を抱えての社長就任
新谷哲:素晴らしい親子関係ですね。2013年に5代目蔵元として社長に就任された時のお気持ちはいかがでしたか?
吉田佳代:就任の1年前に父から「来年お前に譲る」と言われたのですが、「ちょっと待ってください!」と思いました(笑)。その年の年末に第一子が生まれる予定でしたので、「来年の7月だと子どもはまだ生後6か月ですが、本気で言っているのですか?」と。継ぎたいと言ったのは私ですが、タイミングが悪すぎると思いましたね。
ただ、「できない理由」はいくらでも思いつくものですし、「どうやったらできるか」と考えれば方法はあります。保育園については妊娠中から探し始めたことでなんとかなりました。急な子どもの病気については病児保育を活用しました。出張については夫が日中は保育園に任せ、夜の会食の時は地域のサポートセンターを通じて近くの方が夜10時まで預かってくださるシステムがありました。やはり、「どうやったらできるか」と考えたことが大きかったと思います。そうして、生後6か月の子どもがいる状態で社長に就任しました。
新谷哲:怖さのようなものはありましたか?
吉田佳代:その頃には覚悟が決まっていましたので、怖さよりも梅乃宿にもっと関われるワクワク感や嬉しさの方が勝っていました。今も社長業をしていると怖さはもちろんありますが、怖くて何もできないということはなく、ワクワク感の方が上回っています。
「私が梅乃宿の天井なんだ」——ファンドとの提携、そして上場
新谷哲:上場はいつ頃から目指されたのですか?
吉田佳代:ちょうど5年前、コロナが始まった頃で、社長就任から5年〜6年が経ったタイミングでした。外から見ると業績は伸びており利益率も高いと評価されていましたが、私自身はいつまでも伸び続けるわけではない、新しいことにチャレンジしなければと感じていました。どうしようかと考えていた矢先にコロナが来ました。
コロナ禍で売上がかなり下がったものの、まだ黒字を維持できていたため社内の危機感が世間に比べて薄かったんです。大きく変化しなければと思っていた時に、銀行からファンドを紹介されました。話を重ねる中で「このファンドと提携したら梅乃宿はもっと伸びるのではないか」と思いました。「会社は社長が天井で、社長の器で会社の器が決まる」とよく言われますが、私自身がまさにそれを感じていました。自分が成長しても、結局自分以上に会社が大きくなることはない。「私が梅乃宿の天井なんだ」と感じていたところに、そのお話をいただき、ここと提携したらまだ見たことのない世界にも行けるのではないかと思ったんです。
ファンドと提携し、出口戦略を考える中で上場を目指すことになりました。何が何でも上場したいというよりは、梅乃宿をもっと良くしたいという目指している姿の中で、上場もある意味で分かりやすい「いい会社」の証だと思い、目指す方向と大きく異ならないと判断しました。
新谷哲:上場に向けてのご苦労はありましたか?
吉田佳代:現場はものすごく頑張ってくれました。私自身は、このファンドと取り組んできた5年間が楽しくて仕方がなかったんです。知らないことは目指せませんが、知れば目指せます。上場という明確なお手本があることで「これが足りない」「こうすればいい」がとても分かりやすくなりました。この5年で社内の組織化や仕組み化が大きく強化されました。問題が起きても表面的に解決するのではなく根本から解決できるようになり、梅乃宿がどんどん良くなっているのを実感しています。その取り組み自体がとても楽しかったです。
新谷哲:それでは、御社の事業内容をお教えいただけますか?
吉田佳代:弊社は今年で134年目になる酒蔵です。100年以上、日本酒だけを造り続けてきましたが、20年ほど前から日本酒を使った梅酒、柚子の酒、桃の酒など、フルーツをふんだんに使ったリキュールを造っています。現在は全体の売上の約8割がこの日本酒仕込みのリキュールで、残りが日本酒やノンアルコールなどです。商品開発から製造、販売まで手がけ、国内だけでなく海外にも販路を広げています。
新谷哲:ホームページを拝見して美味しそうで、飲みたくなりました。
吉田佳代:ありがとうございます。居酒屋さんで「あらごしゆず」「あらごしみかん」など「あらごし」と書いてあるものは、ほぼ弊社の商品です。ぜひ探してみてください。

趣味は節約、座右の銘は「やらなかった後悔よりやった後悔」
新谷哲:ここからはまったく違う質問をさせていただきます。事前に好きなもの・好きなことをお聞きして「ハンバーグ、旅行、節約」とお答えいただきました。節約と答えられる社長は珍しいと思いますが、どのような節約をされているのでしょうか?
吉田佳代:もう、趣味が節約なんですよ(笑)。女性社長だからこそ言えることで、男性社長だと「スケールが小さい」と思われそうですが、女性社長だと「しっかりしている」と言っていただけるのがありがたいです。たとえばマクドナルドに行く時も、まずクーポンを確認して、自分が欲しいものの価格とクーポンの割引率を計算して一番お得な組み合わせを選びます(笑)。子どもがキッズセットを頼みたいと言っても、率が悪くなるのでお断りすることもあります。電気もこまめに消しますし、日常のあらゆる場面でそういう考え方が染み付いています。
新谷哲:会社でも同様に節約を意識されているのでしょうか?
吉田佳代:そうですね。利益率が高いのはひとつの自慢です。プライベートでもLCCで旅行に行きますし、ビジネスクラスはとんでもないと思っています(笑)。ホテルも安価なビジネスホテルが効率的で好きです。利益率の高さは、こういうところが反映されているのかもしれません。
新谷哲:節約の大切さは社長の皆様にも参考になりますね。次に座右の銘もお聞きして、「やらなかった後悔よりやった後悔」「何事も一生懸命」を挙げていただきました。選ばれた理由をお教えいただけますか?
吉田佳代:実は小学生の頃からこの2つを座右の銘にしているんです。小学5年生か6年生の時に読んだ本に「座右の銘」という言葉が出てきて、かっこいいと思ってその時に考えたのがこの2つでした。やらなかったことは後々までずっと後悔しますが、やってしまったことはその後どんどん進んでいくので、後悔が薄れていくんです。「どうしようか」と迷う時にはこの言葉を思い出して一歩踏み出すようにしています。電車で席を譲るような小さな場面から、声をかけるのは恥ずかしくても後々まで後悔するのは嫌なので行動する——そういった日常の積み重ねに使っている言葉です。
新谷哲:小さい頃から座右の銘を意識されるとは珍しいですね(笑)
吉田佳代:「座右の銘」という言葉そのものがかっこよかっただけですよ(笑)
新谷哲:次が最後のご質問です。全国の経営者、これから起業する方に向け、経営者として成功する秘訣をお教えください。
吉田佳代:私自身の成長の秘訣は、好奇心のひとつに尽きると思います。「まだ見ぬ世界を見たい、まだ見ぬ自分を見たい」という止まることのない欲求があり、そのためにまだ知らない世界を知りたいという好奇心がすべての根源になっています。
新谷哲:私も好奇心を持って会社をやっていきたいと思います。吉田社長、本日はありがとうございました。
吉田佳代:ありがとうございました。
編集後記
今回は、梅乃宿酒造株式会社の吉田佳代社長でした。5代目の女性社長として弟さんもいらっしゃる中で家業を継ぎ、東証スタンダード市場への上場まで果たされた、大変ご優秀な社長です。好奇心を持って前へ進み続ける姿勢、そして「やった後悔」を選ぶ決断力。明治から続く老舗企業を上場させたことと合わせて、多くの経営者にとって参考になるインタビューでした。読者の皆様もぜひ、好奇心を発揮して前進していただければ幸いです。
梅乃宿酒造株式会社 代表取締役社長
帝塚山大学経営情報学部卒業。商社勤務を経て、2004年に梅乃宿酒造株式会社に入社。2013年、5代目蔵元として代表取締役社長に就任。「新しい酒文化を創造する」をパーパスに掲げ、日本酒仕込みの梅酒や日本酒リキュール「梅乃宿あらごしシリーズ」などで新市場を開拓。2026年4月、東京証券取引所スタンダード市場へ上場。
※インタビュー出演、企業紹介などにご興味をお持ちの方はこちら。
本インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集したものです。文中に登場する社名、肩書、数字情報などは、原則、収録当時のものですので、予めご了承ください。
今回は、吉田佳代氏(梅乃宿酒造株式会社 代表取締役社長)の経営者インタビューを取り上げました。

