集団で作業を行なう場合、メンバーの人数が増えれば増えるほどひとり当たりの貢献度が低下するという。個がマスのなかに埋没するわけだが、その予防にはやはり個の意識を喚起するしかないのだ。
人数が増えればひとりの貢献度は低下する
19世紀末、フランスの農学者リンゲルマンは、綱引きの実験を行なった。ひとりが綱引きをするときと、2人が力を合わせて綱引きをするとき、またその後も順次綱引きに参加する人数が増えるたびに個人がどのように力を発揮するかを調べる実験だった。
もしそこで相乗効果が発揮されれば、綱引きに参加する人が増えるたびに、より大きな力が発揮されることになる。そう予想されたのだが、実際にはまったく違う結果が出たという。2人で構成されたグループは期待値の93%、3人で構成されたグループは85%、8人で構成されたグループは49%しか力が発揮されなかったのである。
つまり参加する人数が増えれば増えるほど、ひとりの力が発揮されないという現象が発生したのだ。集団で作業を行なう場合、メンバーの人数が増えるほどひとり当たりの貢献度が低下する。この現象はリンゲルマン効果、あるいは社会的手抜きと呼ばれている。人口の多い都市ほど、事件や事故に遭遇しても見て見ぬふりをする人が多いといわれるのも、「自分ひとりぐらい」という心理が働くためだろう。
ちなみにリンゲルマンは心理学者ではなく、農作業の効率を研究していた農学者である。馬や牛に荷を引かせる実験の延長で、人間についても同じことを調べたのだった。
「自分がいなければだめだ」と変えていく
何故ひとりのときよりも集団で動くときに力が発揮できないのであろうか。その最大の理由は、集団のなかで自分の存在感を認識できないからだとされる。綱引きでいえば、自分が努力しても綱引きの勝敗が決まるわけではない、自分ひとりががんばったとしても大勢に影響はない、という理屈が一人ひとりのなかでまかりとおってしまうのである。
会社組織においても、たとえばミーティングで、自分自身によいアイデアがあっても、自分がプロジェクトの責任者ではないとの理由で、出しゃばらずにうやむやにする場合がみられる。
リンゲルマン効果を遮断するにはまず、「自分ひとりくらい」という考えを「自分がいなければだめだ」「自分がやらなければ」と変えていく必要がある。つまり、担当する仕事と個人の役割に対して誇りをもてるようにすることが肝要だ。
そして物事をなすときに、つねに「何のためにやるのか」という問いと答えが必要となる。中国の古典『十八史略』に、こんな場面がある。
漢の高祖・劉邦に、部下がこう進言したという。徳にしたがう者は栄え、徳に逆らう者は滅びる。大義名分のない戦いが成功するはずはないが、敵の非を明らかにすれば勝利はこちらのものだ、と。
この戦いの大義名分は何か。敵の非は何か。何のために戦うのか。それを明らかにしたほうが勝つと、部下は訴えたのだ。企業や生活においても同様であろう。この仕事は何のために行なうのか。このプロジェクトはなぜ実施するのか。その答えが一人ひとりの中で明確にされ活動を開始したとき、1+1は3にも5にも膨れあがっていくに違いない。
そうなのだ。組織、集団といえども、その構成要素の根源はひとりの人間なのである。
朝礼スピーチ例文(そのまま読めます)
綱引きの実験の話です。
百数十年前、フランスのリンゲルマンという研究者が、綱引きで人は本当に力を合わせるのかを調べました。
一人で引いたときの力を基準にして、人数を増やしていく。二人なら二倍、三人なら三倍の力が出るはずです。
ところが、結果は違いました。二人だと、期待される力の93パーセント。三人で85パーセント。八人になると、49パーセントしか出ていなかった。
人数が増えるほど、一人あたりの力は落ちていたのです。
なぜか。自分ひとりが頑張っても勝敗は変わらない、と思ってしまうからだそうです。この現象は、いまでは「社会的手抜き」と呼ばれています。
私が面白いと思ったのは、これが怠けようという意識ではないことです。本人は普通にやっているつもりで、力が落ちている。自覚がない、というのがこの現象のやっかいなところです。
仕事でも同じことが起きます。大きなプロジェクトほど、自分一人の出来が全体を左右しないように見える。
でも、全員がそう思ったら、その分だけ全体が下がります。
今日、自分の担当のなかで、少し流している部分はないか。一度だけ、確かめてみてください。

