組織の行動指針を明文化する。多くの企業が取り組んでいることだが、掲げただけで組織が変わるわけではない。昭和7年に定められたある五か条と、立派な十訓を掲げながら消えた企業グループ。両者の差はどこにあったのか。
昭和7年の「五省」がいまも古びない理由
組織にはその組織固有の行動指針が明文化されていないと、構成メンバーの行動が組織の設定したベクトルとずれてしまいかねない。そして明文化された指針どおりに、各自が無意識に行動できるまでに周知徹底させなければ、個々の行動が組織力へと集約されない。
例をあげよう。昭和7年、当時世界の三大兵学校のひとつといわれた江田島海軍兵学校で、かの有名な「五省」が明文化された。同校の校長である松下元少将が創始したものである。
一、至誠に悖(もと)るなかりしか
一、言行に恥ずるなかりしか
一、気力に欠くるなかりしか
一、努力に憾(うら)みなかりしか
一、不精に亘(わた)るなかりしか
90年以上前のものだが、いま読み返しても色あせていない。
注目したいのは、その形式である。五つとも「かくあれ」という命令ではなく、「そうではなかったか」という問いになっている。掲げる標語ではなく、一日の終わりに自らへ向ける点検項目なのだ。
生徒たちはこれを毎日、自分に問うた。行動指針が機能したのは、内容が優れていたからというより、問い返す時間が組織の日課に組み込まれていたからだろう。
明文化しただけでは、組織は変わらない
成長企業の多くも理念や指針を明文化している。ファーストリテイリングの「起業家十戒」、伊藤忠の幹部が遺したという「成功六ヶ条」、世界的に読まれた『7つの習慣』。いずれも内容そのものは、当然といえば当然の教えである。中身が特別なわけではない。
だからこそ、明文化それ自体を成果と考えるのは危うい。
かつて、次のような一文を含む十訓を掲げた企業グループがあった。
「正しくないことをするな、常に正しい方を選べ」
十項目のいずれも、非の打ちどころのない内容だった。しかしこのグループは、傘下企業の法令違反によって主力事業を失い、2009年に解散している。指針は明文化されていた。それでも組織は崩れた。
何が足りなかったのか。答えは簡単には出ないが、少なくともひとつ言えることがある。指針は掲げた瞬間から、問い返されなければ風景になる。壁に貼られ、朝礼で読み上げられていても、「今日の自分はどうだったか」と問う習慣がなければ、それは単なる文字である。
五省が90年を超えて残ったのは、内容が普遍的だったからだけではない。毎日、自分に問い返す形式を持っていたからだ。
自社の行動指針を、社員は何と答えるだろうか。そして今日、自分はそれに照らして何点だっただろうか。答えられないのであれば、それはまだ明文化されただけの状態なのかもしれない。
朝礼スピーチ例文(そのまま読めます)
昭和7年、江田島の海軍兵学校で「五省」というものが定められました。生徒が一日の終わりに、自分へ問いかける五つの項目です。
至誠に悖るなかりしか。真心に反することはなかったか。
言行に恥ずるなかりしか。言葉と行いに、恥じるところはなかったか。
気力に欠くるなかりしか。
努力に憾みなかりしか。
不精に亘るなかりしか。
九十年以上前のものですが、いま読んでも古びていません。
面白いのは、五つとも「こうであれ」ではなく「こうではなかったか」という、問いの形になっていることです。目標ではなく、点検なんですね。
会社にも理念や行動指針があります。ただ、掲げること自体は難しくありません。実際、立派な指針を掲げていた会社が、不祥事で消えていった例もあります。
差が出るのは、それを毎日、自分に問い返すかどうかだと思います。
今日一日の終わりに、一つでいいので自分に聞いてみてください。言葉と行いに、恥じるところはなかったか。
