大航海時代に「太陽の沈まぬ国」として名高かったスペイン、ポルトガルがなぜ急激に衰退したのか。そこには現代に通じる組織のありようがあった。
「太陽の沈まぬ国」スペイン、ポルトガル
司馬遼太郎著『坂の上の雲』の主人公のひとり、秋山真之が、アメリカ駐在武官として赴任中、キューバをめぐって宗主国・スペインと戦争が起きた。世でいう米西戦争だ。海軍将校であった真之は、当時二流であったアメリカ海軍の戦術の優劣を評価しつつも、新しい技術(たとえば戦艦の装甲)を先進的に取り入れる姿勢に驚嘆した。
そこに今後隆盛するアメリカの姿を垣間見て、かつ民族の勃興と衰退に思いをめぐらす。衰退の例としてあげられたのが、大航海時代に「太陽の沈まぬ国」として名高かったスペインであり、ポルトガルであった。
世界史のなかでルネサンスや産業革命とならび大きな転換点といわれているのが、15世紀末にはじまる大航海時代だ。1492年のアメリカ大陸発見、1498年のインド航路発見、1522年の世界一周の達成など、新しい世界が次々と開け、猛烈な勢いで世界の勢力地図が塗り替わっていった。その中心となったのがスペインであり、ポルトガルであった。
真之はスペイン、ポルトガルの「熱しやすい」「冒険心に富む」民族性に着目し、冒険心が大航海時代に彼らを飛躍させた原因であると分析した。ただし冒険心が必要とされる時代はまだしも、システマチックに社会を作り上げていくことが不得手であったのだろうと結論づける。
ポルトガルが陸地から離れ海へ海へと出ていったのは、ひとつには国土が貧しく、つねに食糧などが危機に近い状態にあった、ということである。航海技術としては風に向かって走る船が開発され、また航海王子と呼ばれたエンリケは、海に出ることを奨励し、航海学校を作った。
スペインは、一時期ヨーロッパ最大の領地を得る。1580年には王位継承問題からポルトガルを併合し、その領土が著しく拡大したのだ。しかしほぼ同じ時期、1500年代後半より、衰退期がはじまる。1588年には、無敵艦隊がイギリス艦隊に敗れたのは象徴的な出来事だろう。
自国の資本を育てるだけの基礎体力がなかった
繁栄が長く続かなかった原因とは、ひとつを要約していえば、自らの国力を超えて、はるかに膨張し、拡大に走り過ぎたためだといわれる。大航海を拡大すればするほど船員が必要となる。船員の確保のために農民がどんどん転用され、航海用の食糧をつくる人手が足りなくなる。そのため外国から食糧を買い入れなければならない。
だが足元をみられたりして、高い値をつけられる。そうした結果、貿易による利益よりも、費用のほうが高くつくようになる。こうして航海に出れば出るほど赤字はふくらむという悪循環に陥ってしまった。植民地の維持のために本国が疲弊するという事態をも招いた。
このことはスペインも同様であった。ポルトガルとともに世界の海を二分していたスペインも、せっかく手に入れた「富」を蓄積して、自国の資本を育てるだけの基礎体力がなかった。そのため後進のオランダに、またイギリスに「海上の覇権」は移り、「富」は奪われていった。
ポルトガルもスペインも繁栄を持続し、拡大する基礎体力を持っていなかった。そのため世界への行動範囲が広がれば広がるほど、発展への対応を難しくした。それが、自らの存立基盤を危うくし、繁栄への歯車を逆回転させることになったのである。
朝礼スピーチ例文(そのまま読めます)
大航海時代、スペインとポルトガルは「太陽の沈まぬ国」と呼ばれました。世界の海を二分し、地球の勢力地図を塗り替えた国です。ところが、その繁栄は長く続きませんでした。
理由のひとつは、拡大の速さが自分たちの体力を超えてしまったことだと言われます。
航海を広げれば広げるほど、船員が必要になる。船員を集めるために農民が引き抜かれ、食糧をつくる人手が減る。足りない分は外国から買う。相手は足元を見て高い値をつける。結果として、航海に出るほど赤字が膨らんでいきました。せっかく手に入れた富も蓄積されず、後から来たオランダやイギリスに移っていきます。
拡大そのものが悪かったわけではありません。拡大の速度が、それを支える体力の伸びを追い越したのです。
これは私たちの仕事にも起こります。受注が増えたので人を回す。回した先の仕事が薄くなる。そこを埋めるために外に頼む。気づくと売上は増えているのに、利益は減っている。
今日、自分の担当の中で「広げすぎて薄くなっているところ」はないか。一度、確かめてみてください。
