山本周五郎「武道無門」― 臆病者が主君を救った理由

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短編の名手だった山本周五郎に「武道無門」という作品がある。主人公は、暗闇をひとりで歩けないほどの臆病者。その彼が、藩主の極秘の供に選ばれる物語である。

目次

逃げ続けて勝った果たし合い

主人公は宮部小弥太、二十八歳。三河国岡崎藩、水野監物忠善の家臣で、先手組五十石あまりの小身者である。

彼は臆病だった。二十八にもなって暗闇をひとりで歩くのが怖く、夜中に厠へ立つのにも怯え、他人の喧嘩を見ただけで体が震えた。武家気質の旺盛な寛永・正保の時代である。彼の臆病は実に目立った。子どもの頃から剛毅な人間になろうと、神社仏閣に参籠し、滝にも打たれた。だが持って生まれた性質はどうにもならず、やがて自分でも諦めてしまった。

ある日、その小弥太が果たし合いを申し込まれる。相手は河原勘兵衛、去年召し抱えられたばかりの新参だが、武芸に秀でた男だった。小弥太の評判を聞き、面白半分に因縁をつけてきたのである。小弥太はすぐに謝った。しかし勘兵衛は許さず、雑言を浴びせて果たし合いに引きずり出した。

当日、小弥太は中段に構えた。勘兵衛が一歩踏み込む。すると小弥太は二間ほど後ろへ跳びのいた。もう一歩出る。また跳びのく。剣は中段のまま動かない。

「なんでそう退るんだ」。勘兵衛は苛立ち、斬り込んだ。小弥太は逃げた。追う者と追われる者が、間隔を保ったまま原を疾走する。何度繰り返しても届かない。焦った勘兵衛はついに分別を失い、走りながら相手の背へ大剣を叩きつけた。その動作が自らの重心を破り、彼は前のめりに倒れた。もう起き上がる力もない。

「さあ来い、起きて来い」。小弥太は剣を構えたまま、元気な声で叫んだ。

臆病者だからできた準備

この一部始終を、草原の隅から馬上で見ていた者がいた。岡崎五万石の領主、水野忠善である。

忠善には、かねて温めていた計画があった。尾張の名古屋城を、自ら偵察するというものである。当時の岡崎は、幕府にとって尾張家への「押さえ」という隠れた役割を担っていた。だが五万石の城主が他領に潜入するのは容易ではなく、二年のあいだ機会を待っていた。

小弥太の奇妙な仕合いぶりを見ているうちに、忠善はふいと心を決める。翌朝、彼は病と称して城を抜け、麻商人に姿を変えて尾張へ発った。供は近習の岡野伊右衛門と、宮部小弥太の二人だけであった。

道中、小弥太は落ち着かなかった。時々ふいと姿を消す。逃げたか、と忠善は思った。だが半刻ほどすると戻ってくる。名古屋の宿でも、夜になると出かけては遅く帰ってきた。伊右衛門は「臆病風に誘われているのでは」と気を揉んだ。

端午の節句の前日、三人は内濠の深さを計ることに成功する。しかし城櫓から見咎められた。鳴子が鳴り渡り、追手が四方から迫る。挟み撃ちである。

「斬って通るになにほどの事がございましょう」と身構える伊右衛門を、小弥太が止めた。「此処はどこまでも、逃げのびるが勝ちと存じます。わたくしが御案内を致します」

言うより早く、小弥太は駆け出していた。蔵屋敷の小路へ飛び込み、堀に沿って広小路へ出る。「其方へ出ては大手筋だ、番所があるぞ」と伊右衛門が叫んでも構わない。狭い露地から横丁へ、何十度と曲がる角にも、いささかの迷いもなかった。そして一軒の店へ走り込むと、馬を三頭引いて出てきた。

「早く、殿、早くこの馬に!」

三人は馬に乗る。追手も騎馬で迫ったが、鳴海の宿場には替え馬が三頭、しかも駿足が用意してあった。池鯉鮒にも別の替え馬が待っていた。

――そうか、これだったのか。忠善は馬上で頷いた。道中たびたび姿を消したのは、馬を雇いに出ていたのだ。名古屋で毎夜出歩いたのも、馬の手配と、逃げ道・抜け道を調べるためだった。

もっと豪胆な人間なら、恐らく考えもしなかったに違いない。日頃から臆病であればこそ、これだけの準備ができたのだ。

「小弥太、帰ったら組頭に申せ。今日限り先手組から去ると。これから、宮部小弥太は二百五十石の近習番だ」

菜切庖丁で魚は裂けない

ところが、首尾よく役目を果たして帰ってから、小弥太は浮かない顔で溜息ばかりついていた。五十石から二百五十石への加増である。彼はそれを受けられないと思い詰めていた。

ある朝、小弥太は妻のお八重に告げる。岡崎を退身したい、と。武家奉公は自分には勤まらない。誰も知らぬ他国へ行き、八百屋でも魚屋でもして気安く暮らしたい。

お八重は静かに聞いたあと、厨から二本の庖丁を持ってきて、良人の前に置いた。

「こちらは菜を切ります、こちらは魚を裂くのに用います。どちらも刃物ではございますが、魚庖丁で菜は切れませぬし、菜切庖丁で魚は裂けませぬ」

二本の庖丁は、それぞれ役が決まっている。薪割りにも使えず、刀の代わりにもならない。けれどもどちらも、それぞれ充分に役目を果たしている――。

そして妻は続けた。あの果たし合いで、あなたは豪勇無双と評判の相手に勝ったではありませんか。戦い方には、それぞれの得手がある。あなたはあなたの戦法で、立派に勝ったのです。大胆で武芸に秀でていても、それだけで無二の奉公ができるとは限らない。同じように、臆病な生まれつきでも、覚悟しだいで立派に役に立つことができる、と。

「お八重、拙者はお受けしよう」

小弥太は膝を打った。

「おれは菜切庖丁かも知れぬ。然し菜切庖丁でお役に立つことくらいは出来そうだ」

二十八年このかた覚えたことのない爽やかさを全身で味わいながら、小弥太は城へ向かって歩いていった。

組織にも、菜切庖丁と魚庖丁がある。押しの強い人間もいれば、慎重すぎる人間もいる。前に出る者ばかりを評価していれば、逃げ道を調べておく人間は育たない。そして、いざというときに組織を救うのは、後者かもしれないのだ。

自分は何の庖丁なのか。そして周りの一人ひとりは、何の庖丁なのか。

【参考】
山本周五郎「武道無門」(青空文庫)
底本:「山本周五郎全集第十九巻」新潮社/初出:1942年3月

朝礼スピーチ例文(そのまま読めます)

読み上げ時間 約1分(約400文字)

山本周五郎の短編に「武道無門」という作品があります。

主人公は宮部小弥太、二十八歳の武士です。ただ、暗闇を一人で歩けない、人の喧嘩を見ただけで体が震える。そういう臆病者でした。

ある日、腕自慢の武士に因縁をつけられ、果たし合いをすることになります。小弥太は刀を構えたまま、相手が踏み込むたびに後ろへ跳びのく。ひたすら逃げ続けました。相手は逆上して追いかけ回し、ついに息が上がって倒れてしまいます。

それを偶然、通りかかった殿様が見ていました。そして小弥太を、隣国の城を偵察する極秘の供に指名します。

道中、小弥太はそわそわして、たびたび姿を消しました。逃げたか、と思われるほどです。ところがいざ見つかって追われたとき、小弥太が先頭を駆け、裏道を抜け、店から馬を三頭引いて出てきた。宿場ごとに替え馬まで手配してありました。

万一に備えて、逃げ道をすべて調べていたのです。殿様は思います。豪胆な人間なら、こんな準備は考えもしなかっただろう、と。

自分の弱点だと思っているものが、実は仕事の役に立っていることがあります。今日、それが何かを一度考えてみてください。

執筆者情報

新谷 哲のアバター 新谷 哲 WizBiz株式会社 代表取締役社長

1971年、東京都生まれ。都立駒場高校出身。大学卒業後、ベンチャー・リンクに就職。銀行、信用金庫の融資コンサルタントを皮切りに、仙台支店長、東日本事業部長、執行役員を歴任。その後、常務執行役に就任し、経営コンサルティング部門や営業部門、サービス提供部門を統括。
2010年、当時赤字だった「WizBiz」という経営者向けネットメディア事業の20人の部下を引き連れ会社から独立。代表就任とともに、レカムの傘下に入り、レカム株式会社の100%子会社として、WizBiz株式会社を創業。2011年、レカムと光通信の出資分を全て買い取る。2023年12月、TOKYO PRO Market(東京プロマーケット)市場へ上場。
現在、経営者向けネットメディア「WizBiz」を運営。国内では経営者の会員登録数でNo.1のメディアとなっている。また、経営者向けサービス提供としては、ネットだけでなく、リアルの場も力をいれており、年500回以上のセミナーを開催し、4000名を越す経営者が参加。18万人の社長アンケートから1000個の悩みを回収。

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