ノルマンディー上陸作戦 ― 常識で決めつけた側が負けた

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6月6日は、史上最大の作戦として名高いノルマンディー上陸作戦の日だ。近年では『プライベート・ライアン』などの映画も製作され、血と砂がはじけ飛ぶリアルな映像が話題となった。まさに第二次世界大戦の趨勢を決めた「決戦」だったわけだが、守る側は上陸を予測していた。それでも後手に回った。なにが勝敗の分かれ目となったのか。

目次

ドイツ軍はなぜ後手に回ったのか

ノルマンディー上陸作戦は、第二次世界大戦中の1944年6月6日に行なわれた、ナチス・ドイツによって占領された西ヨーロッパへの侵攻作戦であった。当日だけで15万人以上、最終的には300万人を超える兵員が投入された歴史上最大の上陸作戦であり、現在でもこれを超える規模の上陸作戦は行なわれていない。

上陸作戦は5日深夜の落下傘部隊の降下からはじまり、上陸予定地への空爆と艦砲射撃が続く。当時は悪天候が続いており、一時的な好天と予報されたのはこの6日だけ。まさに“いましかない”と、連合軍の大船団がドーバー海峡を渡り、北フランス沿岸に押し寄せた。この日以降、連合軍はベルリンへの進撃を続け、翌年5月にドイツは降伏する。

ではドイツ軍は、なぜここまで後手に回ったのか。守る側は上陸そのものを予測していたのである。

要因のひとつは、指揮系統の重さだった。連合軍上陸にともないドイツ軍は機甲師団の移動をヒトラーに求めるが、決裁が下りない。映画『史上最大の作戦』にも、ヒトラーが睡眠薬を服用して就寝中のため側近が起こすことを拒み、最前線の将軍が敗北を確信する場面が描かれている。官僚的、権威的なドイツ軍の特徴がよく現われたシーンだ。海岸の守備部隊に高齢の兵や傷病兵が多く、組織として活力を失っていたことも指摘されている。

一方の連合軍は、師団長・副師団長クラスがつねに最前線に立って陣頭指揮を執っていた。判断が必要な場所に、判断できる者がいたのである。

常識に縛られた側、常識を利用した側

ドイツ軍の判断を狂わせたのは、ふたつの前提だった。ひとつは、上陸してくるならドーバー海峡でいちばん狭いカレー地方だろうという常識。もうひとつは、この悪天候では攻撃してこないだろうという油断である。

ただし、ドイツ軍がカレー地方を警戒したのは、単なる判断ミスではない。連合軍は偽の部隊や偽の無線通信を使い、そこに上陸すると信じ込ませる作戦を組んでいたのである。相手の「常識」を読み、それを逆に利用したわけだ。

連合軍は相手の思い込みを利用し、ドイツ軍は自らの常識に縛られた。その差が、すべての対応の速さに現れたのである。

相手の常識を読めるか。自分の常識を疑えるか。そして判断が必要な場所に、判断できる者がいるか。組織の成否を分けるのは、案外そうした地味なところなのだろう。そんなことに思いをめぐらせながら、『史上最大の作戦』『プライベート・ライアン』を観てみることもいいだろう。

朝礼スピーチ例文(そのまま読めます)

読み上げ時間 約1分(約400文字)

ノルマンディー上陸作戦の話です。1944年6月6日、連合軍が北フランスに上陸し、これが第二次大戦の転換点になりました。

守るドイツ軍は、上陸があること自体は予測していました。ただ、二つの思い込みがあった。

一つは、上陸してくるならドーバー海峡のいちばん狭いカレー地方だろう、というもの。常識的にはそうです。もう一つは、この悪天候では来ないだろう、というもの。

連合軍が選んだのはノルマンディーで、しかも悪天候の合間に一日だけ好天が見込まれた、その6月6日でした。ドイツ軍の対応はすべて後手に回りました。

もう一つ、決定的だったのが決裁の速さです。ドイツ軍は戦車部隊を動かすのにヒトラーの許可が必要で、その許可がなかなか下りなかった。一方の連合軍は、師団長クラスが最前線に出て、その場で判断していました。

常識で相手の動きを決めつけていないか。そして、判断が必要な場面で、決められる人がその場にいるか。

規模の大小に関係なく効く話だと思います。今日、自分の担当で「たぶんこうだろう」で済ませていることがないか、一つ確かめてみてください。

執筆者情報

新谷 哲のアバター 新谷 哲 WizBiz株式会社 代表取締役社長

1971年、東京都生まれ。都立駒場高校出身。大学卒業後、ベンチャー・リンクに就職。銀行、信用金庫の融資コンサルタントを皮切りに、仙台支店長、東日本事業部長、執行役員を歴任。その後、常務執行役に就任し、経営コンサルティング部門や営業部門、サービス提供部門を統括。
2010年、当時赤字だった「WizBiz」という経営者向けネットメディア事業の20人の部下を引き連れ会社から独立。代表就任とともに、レカムの傘下に入り、レカム株式会社の100%子会社として、WizBiz株式会社を創業。2011年、レカムと光通信の出資分を全て買い取る。2023年12月、TOKYO PRO Market(東京プロマーケット)市場へ上場。
現在、経営者向けネットメディア「WizBiz」を運営。国内では経営者の会員登録数でNo.1のメディアとなっている。また、経営者向けサービス提供としては、ネットだけでなく、リアルの場も力をいれており、年500回以上のセミナーを開催し、4000名を越す経営者が参加。18万人の社長アンケートから1000個の悩みを回収。

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