本コーナーで掲載する経営者インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集しています。今回、ご紹介する経営者は、樺島弘明氏(株式会社エル・ティー・エス 代表取締役社長執行役員)です。(2024年8月14日 2024年8月21日 配信)
今回は、株式会社エル・ティー・エスの樺島弘明氏にお越し頂きました。金融やコンサルティングの業界を経験後、株式会社エル・ティー・エスの設立に参画し取締役に就任。同年の12月に代表取締役に就任し、同社を上場まで導いたエピソードから、経営のヒントが得られます。ぜひ、インタビューをお読みください。
新谷哲:本日のインタビューは、株式会社エル・ティー・エスの樺島弘明社長です。まずは経歴をご紹介します。慶応大学卒業後、ING生命保険株式会社(現・エヌエヌ生命保険株式会社)に入社。その後、株式会社IQ3、株式会社ラーニング・テクノロジー・コンサルティングを経て、株式会社エル・ティー・エスの設立に参画し、同年より代表取締役社長に就任。2017年に東証マザーズ(現・グロース市場)に上場、2020年東証一部(現・東証プライム市場)に上場しています。本日はよろしくお願いいたします。
樺島弘明:よろしくお願いします。
新谷哲:最初のご質問ですが、ご出身はどちらですか?
樺島弘明:生まれも育ちも神奈川県横浜市です。
新谷哲:小学校も横浜でしょうか?
樺島弘明:はい。小中高と横浜です。父は公務員、母は看護師で、2つ上に兄がいます。兄のコミュニティで遊ぶことが多かった影響で、年上の友人にもまれ、勉強もスポーツも要領よくこなす小学生でした。
新谷哲:小学校時代はどのようにお過ごしになられましたか?
樺島弘明: 2つ上の兄の影響で、兄の友達とも自分の同級生ともよく遊び、自然と輪の中心にいることが多かったです。クラス対抗の試合では、自分のチームが勝つまで延長戦を申し出るような負けず嫌いな一面もありました。
新谷哲:ガキ大将か優等生タイプ、どちらでしたか?
樺島弘明:ガキ大将というほどではありませんが、比較的中心的な存在で、勉強もスポーツも得意でした。ただ、小学6年生の時に担任の先生とうまくいかなかった経験から、思ったことを何でも発言する自分の姿勢を見つめ直し、他者への配慮を学ぶきっかけになりました。
新谷哲:中学校時代はどのようにお過ごしになられましたか?
樺島弘明:中学受験を経て、横浜市の中高一貫の進学校に進みました。自由な校風の学校でしたね。小学校時代は県で優勝するほどのサッカー少年でしたが、中学ではチームのレベルに物足りなさを感じ、個人的に練習に打ち込む日々でした。サッカーと勉強、友人との交流に明け暮れ、あっという間に6年間が過ぎました。
新谷哲:サッカーはどんなポジションでしたか?
樺島弘明:基本はミッドフィルダーですが、チーム状況に応じて最後尾のスイーパーなど、守備的なポジションもこなしていました。
新谷哲:高校時代はどのようにお過ごしになられましたか?
樺島弘明:中高一貫校だったので、引き続きサッカーに打ち込みながら、勉強や友人との時間を大切に過ごしました。サッカー部の先輩にはオイシックス・ラ・大地の高島さん、同級生には宇宙飛行士の大西卓哉さんがいるなど、個性豊かな友人に囲まれた楽しい高校生活でした。
新谷哲:大学は慶応義塾大学に進まれていますが、こちらを選ばれた理由はなにかございますか?
樺島弘明:通っていた高校は東大進学者が多い学校だったので、私も自然と東大を目指していましたが、結果は不合格でした。浪人はしたくなかったため、併願していた父の母校でもある慶應義塾大学に進学しました。消極的な選択でしたが、後に当社のCFOとなる友人との出会いもあり、結果的に慶應義塾大学で本当に良かったと思っています。
新谷哲:慶応義塾大学時代での思い出はございますか?
樺島弘明:小中高と打ち込んできたサッカーはプロレベルではないと自覚し、大学ではテニスサークルに所属しました。楽しい毎日でしたが、どこかで「自分の居場所ではない」という感覚と、「もっと目標に集中したい」というもどかしさがありました。この物足りなさを感じた4年間があったからこそ、就職活動を通じて「社会人になったら“これだ!”という目標を見つけて打ち込みたい」と強く思うようになりました。

新谷哲:卒業後はING生命保険株式会社に入られていますが、こちらを選んだ理由はありますか?
樺島弘明:就職活動中、アメリカのベンチャーブームを見て、起業家を支えるベンチャーキャピタリストという仕事に興味を持ちました。先輩経営者から「30歳を過ぎてから目指すのが良い。それまでは金融やコンサルで経験を積むべきだ」とアドバイスを受け、自身のキャリアパスを設計しました。その第一歩として、金融の知識と中小企業へのアプローチを学べる環境を求め、外資系でありながら教育が手厚く、中小企業を主な顧客とするING生命保険を選びました。
新谷哲:ING生命での思い出などはありますか?
樺島弘明:入社2年目に、茨城県の水戸支社立ち上げメンバーに抜擢されたことです。丸の内本社に籍を置きながら、週4日、始発の特急で水戸へ通いました。現地でレンタカーを借り、金融機関や会計事務所を回りながら代理店開拓に奔走する毎日でした。
新谷哲:成績も良かったのではないですか?
樺島弘明:1年目は「とにかくハードワークしよう」と決めていたので、非常に良い成績を収めることができました。その姿勢が評価され、水戸支社の立ち上げというタフな環境にアサインされたのだと思います。2年目は厳しい環境でしたが、結果的にはトップクラスの成績を残すことができました。
新谷哲:その後、株式会社IQ3に移られていますが、経緯はありますか?
樺島弘明:ING生命で金融と中小企業の実態を学んだ後、キャリアプランの次のステップとしてコンサルティング業界を目指しました。外資系コンサルから内定を得たものの、当時、尊敬する先輩方が次々とベンチャー業界に挑戦する姿を見て、自身の気持ちも変化しました。そんな折、コンサルティング事業とベンチャーの両面を持つIQ3から誘いを受け、ここでなら二つの経験を同時に積めると考え、転職を決意しました。
新谷哲:ING生命の先輩や上司から止められませんでしたか?
樺島弘明:はい、止められました。オランダ本社での研修プログラムなど、ありがたいお話もいただきました。しかし当時25歳、一度やりたいと思ったら突き進む性格でしたので、そのまま転職しました。
新谷哲:IQ3での思い出はありますか?
樺島弘明:転職当時、IQ3は事業の方向転換を迫られている最中で、組織は不安定な状態でした。しかし、その環境下で「事業の浮き沈みが人の感情にどう影響するのか」「経営トップの言葉一つで社員のパフォーマンスがどう変わるのか」を肌で感じることができ、組織のダイナミクスを学ぶ貴重な経験となりました。
新谷哲:その後、株式会社ラーニング・テクノロジー・コンサルティングに移られていますが、経緯はありますか?
樺島弘明:IQ3がコンサルティング事業からの撤退を決定しました。しかし、進行中のプロジェクトを完遂し、お客様にご迷惑をかけるわけにはいきません。そこで、プロジェクトを最後までやり遂げるための「受け皿」として、当時のメンバーと共にラーニング・テクノロジー・コンサルティングを設立しました。起業というよりは、責任を果たすための移籍という形です。
新谷哲:ラーニング・テクノロジー・コンサルティングでの思い出はありますか?
樺島弘明:当時入居していたインキュベーション施設には、後に上場する株式会社レノバや株式会社アイスタイルなども入居していました。そこで顔見知りになった方々と、5年後、10年後に再会できたのは良い思い出です。
新谷哲:その後、株式会社エル・ティー・エスを創業されていますが、こちらの経緯はありますか?
樺島弘明:プロジェクト完遂後、当時の代表と我々メンバーとの間で、今後の事業に対する考え方に少しズレが生じました。そこで円満に独立し、大手企業向けのコンサルティングをさらに広げるべく、エル・ティー・エスを設立しました。その際、大手外資系IT企業の関連会社からオフィス提供や一部出資といった支援をいただけたため、資金的な不安なくスタートを切ることができました。ここからが、私たちの本当の意味での起業です。
新谷哲:当初は取締役で、すぐに代表取締役になられますが、どのような経緯でしょうか?
樺島弘明:設立から半年ほどで代表に就任しました。当時の社長が体調を崩されたこと、そして会社が約8000万円の借入金を抱えていたことから、株主を交えて経営体制の刷新を協議しました。その結果、私が再建の責任者として代表を引き受けることになったのです。
新谷哲:社長をやるにあたって、怖さや不安はありませんでしたか?
樺島弘明:正直、当時は7000万円もの債務超過を抱えた状態での社長就任でしたから、再生処理を任される責任の重さに恐怖を感じました。しかし、いざ自分が社長という当事者になった瞬間、「今ここで頑張るしかない」とスイッチが入ったのです。それまで「修行」と捉えていた仕事が、初めて「本番」になった感覚でした。周囲からは大変さを心配されましたが、自分がこの責任を引き受けることで事態が好転するならと、不思議とワクワクする気持ちが湧いてきました。
新谷哲:それは、やっと人生の本番がきた、という感覚でしたか?
樺島弘明:はい。もともと、歴史のない組織が歴史を刻んでいく過程が好きでした。ただ、自分はあくまで「支援する側」だと思い込んでいたのです。しかし、様々な事情から自分が当事者になった時、心の底から「これこそが、自分が本当にやりたかったことだ」と気付かされました。
新谷哲:社長になってから苦労はありましたか?
樺島弘明:最初の苦労は資金繰りです。約1年半で7000万円以上の借金を返済するため、土日もなく働きました。借金返済の目処が立った後は、ベンチャーキャピタルから出資を受け、新たなステークホルダーの期待に応えるというプレッシャーとの戦いでした。今思えば良い経験ですが、当時は本当に苦労しました。
新谷哲:上場は最初から狙っていましたか?
樺島弘明:2003年に資金調達をした当初から、将来的な上場は視野に入れていました。しかし、リーマンショックを機に、「上場が本当に事業成長に繋がるのか」を冷静に見極める方針に転換しました。そして設立15周年となる2017年、事業基盤が整ったタイミングで、さらなる信用力向上と採用・営業の加速を目的として、満を持して上場を果たしました。
新谷哲:上場に向けての苦労はありましたか?
樺島弘明:意外に思われるかもしれませんが、上場準備自体に大きな苦労はありませんでした。兄が上場企業の創業者であることや、多くの友人が上場を経験していたため、そのプロセスを疑似体験できていたのが大きいです。そのため、最短距離での上場を目指すのではなく、事業の成長に合わせてじっくりと管理体制を構築するという、計画的な準備を進めることができました。もちろん大変なことはありましたが、すべて想定内の苦労でした。
新谷哲:株式会社エル・ティー・エスの事業内容をご説明いただけますか?
樺島弘明:事業は大きく2つの柱で構成されています。1つは、企業の変革やDXを支援するコンサルティング中心の「プロフェッショナルサービス事業」。もう1つは、IT業界で働く企業や個人をつなぐ「プラットフォーム事業」です。これら2つの事業が相互に補完し合いながら、当社の成長を支えています。(2024年8月時点)

新谷哲:ここからは違う質問をいたします。事前に好きなこと、好きなものをお聞きして「家族、一人で読書する時間、コーヒー、優秀で人間的に素晴らしい人たちと仕事をすること、サッカー」とお答えいただきました。サッカーは今もされていますか?それとも見られますか?
樺島弘明:プレーするのは年に数回、社員とのフットサルくらいですね。観戦は好きで、会社としても個人としてもJFLのクリアソン新宿や、地元のJ3チームを応援しています。
新谷哲:次に座右の銘をお聞きして「ビジネスは結果がすべてだが、人生はプロセス=結果」とお答えいただきました。こちらを選ばれた理由を教えていただけますか?
樺島弘明:ビジネスは結果が全てであり、結果から学ぶことが求められます。しかし、人生は結果だけで幸不幸が決まるものではありません。目標に向かう過程での様々な出会いや経験、仲間と共に過ごした思い出こそが人生を豊かにしてくれると考えています。仕事では結果を追い求めつつも、一日の終わりに「今日も良い経験ができた」とプロセスそのものを楽しめる、そんなあり方を大切にしたいという思いを込めています。
新谷哲:次が最後のご質問です。全国の経営者、これから起業する方に向け、経営者として成功する秘訣をお教えください。
樺島弘明:秘訣は2つあると考えています。1つは「志」です。「自分が儲けたい」という私利私欲では人はついてきません。「社会や人々のために、これを成し遂げたい」という純粋な思いを「志」のレベルまで高めることで、初めて仲間や応援団が集まり、困難な時も乗り越える力が湧いてきます。 もう1つは、シンプルですが「諦めない心」です。これまで多くの素晴らしい経営者にお会いしてきましたが、タイプは様々でも、成果を出す方に共通しているのは、どんな状況でも決して諦めずにやり遂げる粘り強さでした。この2つが、事業を成功に導く上で不可欠な要素だと信じています。
新谷哲:樺島社長、本日はありがとうございました。
樺島弘明:ありがとうございました。
編集後記
今回は、株式会社エル・ティー・エスの樺島弘明社長でした。聡明と言いますか、すべてに理由があって論理的で、社長になるべくして社長になった方です。「優秀で人間的に素晴らしい人たちと仕事をすること」や「ビジネスは結果がすべてだが、人生はプロセス=結果」などは、私の心にも響きました。成功する秘訣の「志」や「諦めない」の部分は私もマネしなければと思いました。経営者の皆様もぜひ、樺島弘明社長のマネをして成功社長になってください。
株式会社エル・ティー・エス 代表取締役社長執行役員
慶應義塾大学卒業後、ING生命保険株式会社(現エヌエヌ生命保険株式会社)入社。その後、株式会社IQ3を経て、株式会社ラーニング・テクノロジー・コンサルティングで営業担当ゼネラルマネジャー。2002年3月に当社設立に参画し取締役に就任。同年12月より代表取締役社長。2019年8月より当社子会社株式会社アサインナビ(現エル・ティー・エス リンク)代表取締役社長。2022年10月より当社子会社株式会社エル・ティー・エス リンク取締役。2024年3月より社長執行役員。2024年4月より当社子会社株式会社日比谷コンピューターシステム 取締役。
※本インタビューへの出演をご希望の方はこちらよりご応募ください。
本インタビューは、Podcast「社長に聞く!in WizBiz」で配信中の経営者インタビューを編集したものです。文中に登場する社名、肩書、数字情報などは、原則、収録当時のものですので、予めご了承ください。
今回は、樺島弘明氏(株式会社エル・ティー・エス 代表取締役社長執行役員)の経営者インタビューを取り上げました。
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